父と娘


 放課後、といっても補習が終わってすぐではなく夕方と言っていい時間だ。俺は照下さんに

渡された地図を頼りに彼女の家へ向かっている。もちろん山藤も一緒だ。予定より遅れたのは、

その山藤の家に寄っていたから。あの隕石を取りに戻るためだ。今彼女は、その隕石を手に持ち、

ポケットに入れて離さないようにしている。それはそれで怪しまれる気もするのだが……

「ねぇ、あれじゃないの?」

 開いているもう片方のほうで小さく指差す。このあたりは住宅街で、照下さんの家らしい

建物もまず普通に見えた。もし大きな望遠鏡が2階から飛び出していなければ。ベランダに

置かれているそれが目印、と彼女が書いた地図にも添えられている。彼女自身のものなのか、

あるいは彼女の親のものなのかは定かではないが。

「でも、誰にも見られずに入るって……どうするのよ」

 山藤が愚痴のようにつぶやいたが、周りに人影が見えるわけではない。だが「誰にも

見られずに」なんて言われると、誰かが遠くから双眼鏡などでこちらを覗いているのでは、

などと考えてしまう。それではきりが無いのだが、少なくとも誰かにつけられてるようなことは

なかったと思う。本当につけられてるならこちらに気づかれないようにするものだが。

「ま、まあ、普通でいいんじゃないか?」

 俺も弱気だったが、友達感覚で訪問しているように見せればと思った。それがカモフラージュに

なってるとは思えないが……「照下」の表札と、一応人がいないことを確認してから、

その家の呼び出しボタンを押す。

 ほどなくして、返事も足元も聞こえないまま鍵が開く音がする。続いて扉が開き、

照下さんの顔が覗き出る。

「お待ちしてました……どうぞ上がってください……」

 

 案内されたのは普通の客間のようで、別に天文関係の道具が置いてるわけでもない

普通の部屋だ。まあ考えすぎて多分もあるが。照下さんが出してくれた麦茶をちょびちょび

すすりながら、テーブルに向かって座り部屋の中をきょろきょろ見回しながら何かを待つ2人。

やがて再び足音がしたほうを向くと……

「お待たせしました」

 太い声は照下さんの声ではなく――照下姓なのは間違いではないが――、がっしりとした体格で

口ひげを蓄えた中年の男性が、照下さんを後ろにつれて部屋に入ってきた。俺と山藤は

彼の顔を見ながら小さくお辞儀をする。

「あおいの父の、照下三樹男という者です」

「あ……タイト テツです」

「……山藤藍子です」

 相手が慇懃な態度だったので、こちらも思わず丁重に返す。山藤は俺につられてといった

感じだったが。彼――三樹男さんが椅子に腰掛けると、続いて照下さん(あおいと呼びなさいと、

後に三樹男さんが言ってくれた)が隣にちょこんと座る。そう表現するほど体格差があり、

まさに偉大な父親と言える。ふと俺の親父のことを思い出したが、書く方の仕事なので

俺よりも力なかったりする。馬鹿にしているわけではないが、威厳なんて感じないなぁ……

あおい & 三樹男

「ご存知でしょうが、私は天文学の研究を仕事としています。しかし同時に、宇宙開発の分野も

 最近より手を伸ばしまして」

 宇宙分野……想像できるのは、宇宙船の燃料補給や、人間がそこで暮らせるほどの施設を

完備している「宇宙ステーション」くらいだ。夢物語だと思っていたが、この前ニュースで、

着々と接合工事が進んでいるとか言ってたっけ。まあ俺は宇宙なんか行く気がないから興味なく

そのニュースは聞き流していたのだが……

「ちょっとわかりにくいかもしれませんが、私が担当しているのは資源について。といっても

 宇宙船の燃料や、宇宙ステーションなどで必要な水・酸素などの供給といったものでは

 ありません」

 というと……何があるんだ?疑問はあったが、次にそれを言ってくれるであろうから

俺は何も言わない。山藤もだ。ここまで三樹男さんだけが静かに語っている。

「地球から宇宙へ資源を流出しては、地球の資源がすぐになくなってしまう。そこで宇宙で

 資源となるものを作り、地球へ還元するようなシステムを考えるのが、私たちのチームの仕事」

 思わずへぇ、という顔をして何回かうなずいてしまう。数十年後には地球の資源が底を

ついてしまう、とか最悪のシミュレートではそう計算されてるけど、それの対策も考えられて

いるんだな、と。まあ一人一人が省エネに努力すればいいんだろうけど、現実はなかなかそうも

言ってられないからな。

 ここまで話して、ふと三樹男さんが顔をしかめる。話しつかれたという風ではないが、

話すのをためらってるように見える。

「……お父さん……?」

 自分の座っている位置からは三樹男さんの表情が見えないあおいちゃんは、不思議そうに

父親の顔を覗き込むが。やがて、一つ大きくため息をついた後、ようやく口を開いた

三樹男さんの言葉は――


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