藍子


「藍子……!?」

 耳を疑ったが、間違えるはずがなかった。館内放送のスピーカーから流れてきた声は、

俺が探している大事な人――山藤藍子のものだった。なぜ放送を……?しかも切羽詰ったような

声の調子だが……

『もう少ししたらこのビルに、隕石が落とされちゃうの――誰かが操って、人工衛星から

隕石を落としてるのよ!』

藍子

 藍子の言葉を聞いてざわめきだす人々。おいおいそこまで喋っていいのかよ、

中途半端に事情を知ってるだけに、とにかく皆を避難させたいのはわかるけど……

俺たちが来たからには、隕石を直撃させないようにできるんだが――

『もう30分くらいしかないわ、どこでもいいから逃げて!それで終わ……あっ』

 ブツン、と言葉途中で放送が途絶える。そしてしばらく沈黙が流れ……誰からともなく、

出口に殺到していた。

「は、早く下に降りるぞ!」

「ちょ、ちょっと怪我人は……」

「そんなの知るか!!」

 我先にと階段を駆け下り、中には転がり落ちている人も見えた。ほとんどの人は自分の

ことしか考えず逃げていく……中には親切な人や家族なのか、ゆっくりと怪我人を抱えて

歩いている人もいたが。でも俺にはそれらはどうでもよかった。

「?! おい、タイトくん……」

 三樹男さんの制止も振り切って俺は人々とは反対に、階段を上へと駆け登っていた。

放送が途絶えたということは犯人に……至さんか暮郎さんに見つかったのだろう。

まさか殺すなんて事はしないだろうが、束縛されているに違いない。早く助けてやらないと……

 館内放送は何階でもできるが、犯人に放送を止められたのがすぐということは、

犯人がいるフロア――おそらく9階だ。なんで藍子がそんなところへ行ってたのかは

わからないが……たまたま2人が計画を話していたのを聞いてしまったのだろう。

 そんなことを考えつつ、一気に9階まで登った頃には息を切らせてしまっていた。

一旦呼吸を整えてから、9階に入る扉のノブに手をかけ……回らない。

用意周到にもカギをかけているのだ。他の入り口を探そうかと一瞬迷ったが……

そこもきっとカギがかけられているだろうと思い立ち止まる。

 サスペンスなんかで密室の扉をぶち破るのに人が体当たりしただけでできるものなのか、

と思っていたが、今まさにそれを実行すべきなのではと考え……その1秒後には

扉に肩を強打していた。

 ゴーン

「――っ痛ー」

 低い音が響いたのと、肩を思い切り痛めただけだった。俺一人じゃ無理か……

何か、ハンマーのようなものでぶち破るという手もあるな、消火栓のあたりには

そういう斧が常備されてるって話を聞いたような気が。上か下のフロアで探してこようか……

「タイトくん!」

 下から三樹男さんが駆け上がってきた。さらに下からあおいちゃんらしい足音が聞こえてくる。

「ダメじゃないか、単独行動しては」

「すみません……でも」

 藍子のことが、と言おうとしたが、三樹男さんが手で制したので口をつぐむ。

次の瞬間、俺の数倍の威力があろうかという彼のタックルが、9階の扉を吹き飛ばしていた。

バギッ

「お、お父さん……?!」

 丁度駆け登ってきたあおいちゃんが流石に驚いて父を呼ぶ。三樹男さんは勢い余って

床に倒れこんでいた。外傷はなさそうだが……やはり肩は心配だ。

「う、うーむ……」

 ゆっくりと起き上がり、ぶつかった方の肩をゆっくりと回している。表情からすれば

そんなに大事には至ってなさそうだ。俺はあおいちゃんを待ってから一緒に扉があった

場所をくぐる。

「大丈夫だ」

 三樹男さんは短くそう言うと、通路を凝視する。元々照明がほとんどない上に

今は1つも点いていないのでほぼ真っ暗な状態。向こうにこちらのことが気づかれても

こちらに何か攻撃をしかけることはないだろう、と俺たちは各々懐中電灯を取り出して歩き出す。

ただもう離れ離れにならないようにくっついて歩いている。本当は手分けして探したい

ところだが、またあおいちゃんあたりがつかまって人質にされても困るし。

 なかなか目的の部屋が見つからないので焦って時計を見る……5時28分。

万が一のことを考えて46分までに取り押さえて、隕石を発射させること自体を止めたい

ところだが……はたしてそう簡単に止められるのだろうか?もし俺が同じ事をやるなら、

時間がきたら自動的に落とすような装置を……

 とそこで、前を行く三樹男さんが立ち止まった。


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